思いもよらない真実を知れ





 最近、まこがおかしい。
 さすがに長い付き合いだ、千草はなんとなく真琴の異常を感じ取っていた。

 例えばこんなことがあった。

「今月みったんの誕生日だからさ、みんなでお祝いパーティーしようよ」

 はばたき市でも有数の進学校であるはばたき学園からは、わりと多くの同級生が千草や真琴と同じ一流大学に進学してきていた。
 学部や学科は違っていても、中等部からの同級生とあって自然、同窓生で集まることも多かった。

「いいね〜、また、お前んちで集まればいいよな」
「俺んちは集会所じゃねーんだけど?」
「いいっていいって。大地も来るだろ?」
「うん。毎年やってるしね。まあ、そろそろ、みったんもみんなと一緒じゃなくて、誰かいい人と二人で誕生日を祝えばいいとは思うけど」
「うるさいなあ。大地くんは一言余計なんだよ」
「あはは。でもまあ、俺的にはみったんはみんなのアイドルだから、そんじょそこらの男には渡さないけどね」
「えー、なにそれ! 大地くんまさか!」
「俺のメガネにかなう彼氏を連れてきなさい。そしたら、交際を許してあげるから」
「あはは、なーんだ、変なのー。お父さんみたい」
「まこも来るよな? トーゼン」
「あっ、あたし、行かない!」

 そのときのみんなの顔。
 あっけに取られたとか鳩が豆鉄砲食らったとか、まぁとにかくそんな感じで。
 だって、まこといえば、飲み会とか合コンとか、みんなで集まってわいわいやるイベントが大好きで、欠席したことなんかなかった。そこにいる全員がそう思っていた。
 ましてや、はばたき学園にいたときからの顔なじみのこの面子の集まりを断るなんてことは、万が一にもないと千草も思っていた。

「なんだよ、まこー。今まで来なかったことなんかなかったじゃんか」
「だっ、ダメなんだもん。わたし、行けない! だめ!!」
「まこ?」

 みんなが不思議そうな顔で真琴のことを見ている中、千草はそのとき偶然にも赤城大地の顔を見ていた。
 それは本当にただの偶然だったのだけれど、いつも笑っているようにゆるい(と、千草は思っている)その表情が、そのときだけ一瞬こわばったような気がしてならなかった。
 でも、それもただの偶然だろう。千草はあまり気にしないことにした。
 もし本当に困ったことがあれば真琴は話してくれるはずだし、それまではわざわざ口出しをするようなことでもない。まこだって大地だって、もう大人なんだ。
 大事に大事に守られているだけじゃ、なにも始まらないのだから。






**








 千草と真琴は性格はずいぶんと違うけれどもそれぞれにお互いの良い部分を認めあって、欠けている部分を補いあってといういわゆる「親友」だった。
 千草は真琴にならきついことも厳しいことも言うことができたし、それは真琴も同じはずだった。
 何かあったときには、必ずお互いに一番に相談する、そんなことは約束したわけではなかったけれども、二人とも暗黙の了解として認識していた。

 真琴と一緒に食事を一緒にするのは、そう頻繁にあることではなかったけれども、そんなに特別なことでもなかった。
 だからそのときも千草はいつものようにレポートが終わらないとか、張り切って講義に登録したのはいいけれど試験やレポートに追われて挫けそうだとか、そんな気楽な話をするものだと思っていた。
 けれども予想に反して、真琴にしては珍しく深刻な顔で、「ねえ、ちーさんは今のカレシと付き合うって決めたとき、なにが決め手だったの?」と訪ねられ、ある意味千草は面食らってしまった。

「そ、それは告白されたし、私もあいつのことはいいなって思ってたし。……そしたら、そうなるでしょ」
「告白されたら……、そしたら、付き合うのが普通?」
「いや、別に好きでもない人と付き合わなくてもいいんじゃない?」
「あ、そうか。そうだよね、そうだったね」

 なにかやけにテンパっている。慌てたようにしながら、真琴はうんうんと頷く。
 あどけないと言ってもいい真琴の表情を見ながら、これはもしかしたらもしかするのかな? と千草は何となく想像した。
 実際、真琴がわりと男の子から人気があるのは確かだ。
 男からすれば、適度にかわいく女らしく、適度に抜けているところがあって守り甲斐がある、そんな真琴くらいの女の子というのは、クラスのマドンナみたいな高嶺の花よりも断然親しみを感じやすいのだと思う。

(しかもまこは、誰にでも愛想を振りまきまくって勘違いさせる達人だしねぇ)

 けれども、ここ最近真琴は誰か特定の人と付き合っていなかった。そのことについて真琴から話を聞くこともなかったけれど。

「誰かに告白されたとか?」

 かまを、かけてみる。
 それが予想通りであればいいと千草は密かに思った。別に、予想している相手について何か特別な思いを持っているわけではないけれど。

「あ……あの、……うん。実は男の子と食事というか……デートというか……」
「誰と?」

 わざわざ聞くまでもないことだ。
 やっとあの腰が重い大地も、二十歳になってやっと行動しようという気になったのね。
 そう千草は答えを聞く前に決めつけてかかっていたのに、真琴の口から出たのは全く違う男の名前だったから驚いた。

「はっ? 誰それ」
「同じクラスの子だよ。たぶんちーさんは会ったことないと思うけど」
「で、その人となにしたのよ?」

 真琴は言いにくそうにしながら、先日の高梨とのデート?について話した。
 ……まったく。別に私が口を出す筋合いの話じゃないとは思うけれど、なにをしているのだろう、赤城大地は。
 千草は例の、いつもふやけたような顔で笑っている大地のことを思い出す。

 大地が真琴のことを好きだというのは、仲間内でも気づいているのと気づいていないのと、半々くらいのように思う。
 そもそも、大地がそれらしい態度をほとんど見せないのがいけない。みんなの恋愛相談には乗るし、そういう話も別に嫌いじゃないくせに自分の話は全くしないのが大地だ。
 そのくせ、遊びに行こうとか泊まりで勉強会だとか、真琴が誘うとほいほい出てくるのはそういうことだとしか思えないではないか。

「あんた……、それは、どうなの?」
「どうって?」
「そういうのにひょいひょいつられちゃダメよ、なにされるか分かんないじゃない」
「だって、みんなで行くんだと思ったし、クラスメイトだし、そんなことないと思ったんだよ」
「だからってね」

 大地も大地なら、真琴も真琴なのだ。
 自分に向けられている好意に鈍感すぎる。他人がみんな自分と同じように、そして大地と同じように無害で善人だと思っている。
 真琴はでも、とかだって、とかもごもご言いながら運ばれてきたサラダのレタスを口の中に運んでいた。

「で、まこは返事したの?」
「うぅん……まだ」
「なんでよ。迷う必要なんかなくない?」

 真琴の気持ちを考えたら、その高梨という男と付き合うなんて言う選択肢はあり得ないはずなのに。
 それなのに真琴はさっきから変わらず、うさぎかハムスターみたいにレタスをもぐもぐしているだけで何も言わない。

「じゃあ、その子に返事は別として、その前に大地くんとはどうなってるの?」
「へっ? た、大地くん?」 
「この前も夜、二人でゴハン食べてたじゃない。見たって言う子がいたんだよ。ずいぶん仲良さそうにしてたって」
「なっ、なんでここで大地くんが出てくるの?」

 それはさぁ。
 千草はなにからなにまで、すべて喋ってしまいたい気分にはなった。
 けれども、真琴の顔を見てとりあえずそれだけはやめておく。そのかわりに「さぁ、どうしてだろうね?」と問いかける。
 真琴は難しい顔をしながら、サラダについていたゆで卵にフォークを突き刺していた。

「あのね。大地くんにはね、友達じゃないって言われちゃったの……だから、よく、わかんない」

 そして真琴は大地との間にあった出来事を、かいつまんで話した。友達だとは思えないと言われたこと、そのあと何事もなかったようにふるまってはいるけれどもやっぱり気まずくて、最近は顔も合わせられないこと。

「はぁ……」

 青春ドラマみたい。と千草は思った。ドラマチックな青春時代は、作りものだからこそ面白いのであって、身近にあると面倒なことこの上ない。
 それにしても大地は何を考えているんだろう。事なかれ主義で周囲と上手くやっていくのが彼のいいところではあるけれど、反面もどかしくどっちつかずで、煮え切らないとも取れる。







**







「あっ。ちーさん、お久しぶり」
「あら大地くん、久しぶりね。元気?」
「うん、まぁまぁ。そうだ、そういえばちょっと相談があるんだけど」

 学部も違う千草と大地は、友達同士ではあったが同じ大学にいてもなかなか会う機会がなかった。
 このときも、たまたま構内をあるいていたらすれ違っただけのことだ。
 お互い時間はあるし、千草としては真琴についてのことで一言大地に言ってやりたい気持ちもあったから、少しだけ立ち話に付き合うことにする。

「来週のみったんの誕生日会だけどさ、プレゼント俺が買う係になっちゃって」
「ふーん、そう。がんばってね」
「ちょっ……、本当に、ちーさんは俺に厳しいよね」
「そりゃあねぇ」

 あんたがハッキリしないから、まこがあんなに困ってるんでしょうが。
 と言いたいのを千草はぐっとこらえる。
 私の大事なまこを悲しませるような男、この程度で厳しいとは生ぬるい。

 少なくとも、千草は大地のような男は好みではない。
 モテるのは知っているけれど。そりゃ、顔は人並み以上だとは思うが、男の価値は顔だけじゃないし。ましてや、一流大に優秀な成績で入学したからという将来性なんてものでもない。
 いや、少なくとも千草個人的にそう思っているだけだが、世の中には意外と顔だとか収入だとか安定性だとか、簡単なことでいろんなことを判断する人が多いのも、千草はもちろん知っている。
 どういうことかというとつまり、千草は大地のような男は好みではないと、それだけのことだ。

 友達としては、好きだけれど。……見ていて面白いから。
「まぁいいや。もともとちーさんに助けてもらおうとも思ってないし。助けてくれるとも思ってないし」千草がなにを考えているかなんて知らない大地はぶつくさと言いながら、ポケットから携帯電話を操作して何事か画面を操作している。

「これなんか、どう思う? 女の子はこういうの好きかなあ」

 携帯の画面をこちらに見せてくる。どこかの店の中で写メってきたのか、かわいらしい小物が写っていた。

「いいんじゃない? 相変わらずこういうときのセンスはいいよね」
「こういうときは、って。限定?」
「そ。限定」

 千種が頷くと、やっぱりちーさんは俺に厳しい、と大地は文句を言った。
 
「そういえば、まこ、絶対来ないって言ってるみたいだけどどうしてかな。ちーさん知ってる?」
「知ってるっていうか」
「なんでだろ。あのお祭り好きのまこが珍しいだろ? みんな誘ってるらしいんだけど、誰が言ってもだめなんだ」
「大地くんは? 誘ってみたの?」
「いや」
「どうして。大地くんはまこの保護者でしょー? いつもあんまり乗り気じゃないときの大地くんを呼び出してるのはまこなんだから、今度は大地くんがまこを呼び出せばいいじゃないの」
「や、でもさ」

 ……あーあ。私って本当に友達想いのいい女よね。
 少なくとも赤城大地、あんたは私に泣いて感謝して、あのブランドの新作バッグでも買ってプレゼントするべきだわ。
 よっぽど言ってやろうかと思ったけれど、大地を相手にそんなに優しくしてやる義理もないのだった。
 
(大地くんに買ってもらわなくても、私には彼氏がいるもん)

「最近俺、まこに嫌われてるんだよね。いろいろあって。だから、俺が言っても来ないんじゃないかな」

 あのときの顔を思い出した。真琴が「絶対に行かない!」と言い張っていたときに困ったような顔をしていた大地。

「喧嘩でもしたの?」
「喧嘩ていうか、俺が一方的に悪いだけ」
「じゃあ、謝れば?」
「そう簡単にできたら苦労しないんだけど」
「でもさ、大地くんもそろそろはっきり言わないと、あの子分かんないよ、わかってるでしょ?」
「げぇっほ!!」

 盛大にむせ返る大地を尻目に、千草はひらりと振り返った。
 まったくどっちもどっちだ。
 今まで通りの方が気楽でいいだなんて。恋人よりも友達でいる方がいいなんて子どものいいわけだ。そのくせ、多分近いうちに今のままではいられなくなってしまうのだろう、大地も、真琴も。

 もう、事態は動き始めているのだから。




**






「大地くんがどういう気でいたか、分かんないの? っていうかまこ、アンタ自分の気持ちも分かってないの?」
「え、え?」

 実は、あの大地との衝突以来、真琴はまさか。と思うことを考えていた。
 けれどもそのことはどうしても自分の中で信じられなくて、自意識過剰に感じられて、だからそれを千草に聞いてみるのもはばかられるのだった。

(大地くんって……、もしかしてわたしのこと、す、……すき……だったりするの?)

 そんなこと聞けない。答えがYESでもNOでも、どういう顔を、どういう反応をしたらいいのか真琴には分からないのだ。大地のことは好きだ。だけどもそれが恋愛の好きなのか、友達の好きなのか。千草が彼氏に感じている好きというのがどういうことなのか、聞いてみたかったのだけれども、このしっかり者の親友はそれを教えてはくれなかった。
 千草は一言だけ言ってやりたい、と思った。大地のためでも、真琴のためでもない。なによりも自分のために。

(もう、こんな面倒くさいことに巻き込まれるのなんてごめんだし。そろそろ白黒はっきりさせた方がいいと思うよ)

 真琴がまた茹で卵にフォークを差そうとしているので、千草は先回りしてその卵を自分のフォークに突き刺した。

「いい加減に、横からかっさらわれても知らないよ?」
「う……うぇ、だって」
「……あんた、知らないだろうけど、大地くんってば昔っから結構モテたんだからね? でも中等部の時からぜーんぶ断ってんの。だから、もうしばらくしたら誰も言わなくなったけど」
「それは、知ってるよ。大地くんは誰も好きにならないんだって言ってたもん」
「なんでそれを真に受けるかな。じゃあ、どうしてまこのこと、友達じゃないなんて言うんだろうね。友達だと思ったことがないって、言ったんだよね、大地くん」

(それって、そういうことでしょ? いくらなんでもわかるでしょ?)

 問い詰めるような、追い込むような言葉はなんとか飲み込む。真琴は目に見えて動揺していた。

 だって、だって……。
 大地くんは全然何も言ってくれなかった。そうならそうと、言ってくれなきゃ分かるわけないよ! 高梨くんみたいにちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ。
 思い出す。大地と知り合ってからのいろいろなことを。

 高校の時、文化祭の準備で帰りが遅くなったときに一緒に帰ったこと。
 お泊り勉強会をしようと言った時、ずっと行かないと言っていた大地が急にやってきたこと。
 修学旅行の夜、誰か知らない女の子と二人でいるところを見てしまったこと。
 高校の卒業式の日、なぜか突然確かめたくなって教会に行ってみたけれど扉が閉まっていたこと。
 レポートや宿題が分からないといえばすぐに助けてくれた。
 バーゲンに行くといえば荷物持ちなのにいつも付き合ってくれた。
 友達の家で、「勝つまでやる!」と我儘を言う真琴のゲームにずっと最後まで付き合ってくれた。
 酔っ払って深夜に電話をしたのにすぐに飛んできてくれた。
 家まで送ってくれて、でも朝になったらいなかった。
 いつのまにか、まこ、とあだ名で呼ばれなくなっていた。
 友達だと思ったことはないと言われた。
 それがどういう意味なのか考えろと言われた。

 それって。……それって。

 わたしって、今まで一体何を見てたんだろう。なんだと思っていたんだろう。
 いつから? 全然わからなかった。うぅん、分からないふりをしていたんだ。
 仲が良くて、適度に甘えられてなんでも言うことを聞いてくれる優しくて頼りになる男の子の友達。
 それが気持ちよくて。それ以上にするのが怖くて、見てみないふりをしていた。分からないことにしていた。

「だって……分からなかったんだもん。大地くん、なにも言わなかったもん……」
「……まぁ、それはアイツも悪いけども。アンタも大地くんは友達だよ! みたいなこと言ってたんでしょ、どうせ」
「う……うぇ、だ、だって! だって……!」

 言葉にならない真琴の言葉を遮るように、千草はぴしゃりと言い放った。
 少しきついかもしれないけれど、今までそうやって誤魔化してきたからこそ今こうしてつけが回ってきているのだ。

「気がつかなかったのは仕方がないけど、これからどうするかは、アンタ次第じゃない? 気付いちゃったんだしさ」





**





 今頃、真琴はなにを考えているだろう。これから、どうしようとしているんだろうか。
 あの時の泣きそうで、真っ赤な顔をしていた真琴を思い出す。

 恋のキューピッドなんて冗談じゃないけれど、やっぱりまこには幸せになってほしいし、そろそろ大人になってもらわないと、私も子守りするほどヒマじゃないのよね。
 たぶん近い将来には真琴のお守り役を任せることになるかもしれない男は、いまだにげほげほとせき込んでいるばかりで、こうしてみるとまるで役に立ちそうもない。

 ホント、しっかりしなさいよね。

「じゃあねー。私、次の授業始まるから、いくね」

 バツの悪そうな顔で何かを言いかけた大地をその場に残して、千草はその場を立ち去った。
 なんだかんだいって、この二人。私がいないと話が進まないんだもん。焦れったいったらないわ。








2010/01/05

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